研鑽科学 創刊号 発売

「研鑽」という考え方の成り立ちや必要性、暮らしや社会の中の「研鑽」など、理論と実用について、分析し解説した、初の試みです。

◆「知る」とは ―― なぜ「知る」なのか   <佐藤靖仁>
  一、人とは「知る」存在ではないか
  二、人とは「知り得ない」存在ではないか
  三、「知る」が機能するには
  四、「知る」が機能しだすと

◆「話し合う」を科学する ―― 人を聴くとは  <小野雅司>
 〇、私の問題意識
  一、「話し合い」の現状
  二、「聴く」とはどういうことか?
  三、なぜ、「聴く」が実現しないのか?
  四、「人を聴く」の実現
  五、「人を聴く」の意味

◆ なぜ人間にとって、研鑽が必要か
 「研鑽会」なぜ人間にとって必要か    <真保俊幸>
  一、人間の認識のしかた
  二、人間が正常に健康に生きるために何が必要か?
  三、実感としては○○○。しかし、事実・実際は□□□。
  四、共同主観性の形成と研鑽会
  五、研鑽コミュニケーションによる新たな文化創生

◆ 社会を研鑽する            <杉江優滋>
Ⅰ 概要
  一、幸福な人生 快適な社会
  二、自由な社会 平等な社会
  三、私の社会像
Ⅱ 社会を研鑽する
  一、「あらわれたもの」と「そのもの」
  二、社会観の元となる人間観
  三、人をベースにした社会
  四、人の自由 社会の自由

◆【資料】研鑽科学研究所の沿革 各機関の紹介

研鑽科学研究所 出版部 発行:定価1500円
問い合わせ・販売の受付は、メールかFAXで受付けています。
E-mail: publish@kensanscience.org  FAX: 059-375-1561
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研鑽科学 創刊号

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ホジョン印象記 まとめ

ホジョンは6月22日韓国に行った。僕は、去年10月27日に生まれてから8ヶ月近く同じ屋根の下でホジョンと過ごした。僕のホジョン体験には二つの面があったようだ。

ひとつは、ホジョンと接して、その「目の中に入れても痛くない」と言えるほどの可愛さを感じたということだ。自分の中から今まで体験したことがないぐらいの情が引き出されたようだ。癒されるという感覚も味わったように思う。

もう一つは、少し大げさに聞こえるかもしれないが、ホジョンを通して人を知るみたいな体験をしたような気もする。その体験は、もちろんこれからも続いていくわけだが、僕が人というものを考えるときのベースになる一つの体験と言ってもいいかもしれない。

普段も周囲のいろいろな人に接して、僕は人体験をしているわけだが、そういう中では味わえないもの、つまり人がどのように生まれて来てどのように成長していくかの一端に、短期間ではあるが直接触れることができたということだ。

8ヶ月の間にもその身体の大きさは倍以上になり、一箇所に留まっていたものが、そこらじゅうを転げまわるようなったという身体およびその動作の急激な成長変化とともに、ホジョンが人に接するときに示す、顔や目の表情の変化にも大きなものがあった。

そういうことを通してホジョンの内面(心)も大きく変化してきたように思う。僕の憶測だが、ホジョンはこの間に、快・不快、安心・不安、満足・不足などという言葉で表現してもいいのではないかと思われる状態をすでにその内面(心)に体験しているように思う。

さらには、楽しいとか飽きてつまらないとか、怖いとかいうような感情も萌してきているといってもいいかもしれない。

僕(大人)が自分の内面で体験する、いろいろな気持や感情を表す言葉でもって、今のホジョンの内面のことを表現することが本当に適切であるかどうかはわからない。ただ思うことは、ホジョンはすでに人の内面における、いろいろな状態を体験しているのではないかということだ。

内観してみると、嬉しいとか怖いとか不安だとか恥ずかしいというような気持を、自分が4・5歳といった、随分幼少の時期に体験した記憶が蘇ってくることもある。その時期にはもうすでに、そのような気持や感情が形成されているということだ。さらにはそのような気持や感情が現れる心の状態も形成されてきているということだ。「三つ子の魂百まで」と言われることに、何か頷けるものがある。
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