「完全専門分業」を探る メモ③

分業ということは、「一つ」のことを分けて行うこと。
これも形の上で分けているように見えても、目的が異なる場合は、実質は分業ではなく、「別業」とも言えようか。
個々バラバラの行いを、自分の利益を得るために、その部分だけを採り入れてやっているだけのこと。
「分業」は「一つ」の中での、一要素、一パートという位置付けなのだろう。

完全専門分業・・・それは、個々の心の状態としてみれば、共栄精神の現われとも言えようか。
個々バラバラの心の状態で、いくら分業のような形態をとっても、それは形だけのもので、完全なものではない、「一つ」のものになりようがない。
他が栄える、他が豊になる、そこを純粋にやりたいという心の状態。
それは、ある面で、正常=健康=豊かな状態。でも、これも特別なことでもないのかもしれない。
どういう心の状態なのか・・・検べること。自覚すること。
そして、正常な心の状態でやれるような環境を造ること。

儲けるにしても、安いものを買うにしても、何でも二通りあるようだ。
共栄していく方向と、個々人主義の方向と・・・。
現象でみると分からない。
心の状態。自分がどちらの方向でやろうとしているのか。

やりたいならやったらいい。
欲しいんだから、使ってもらったらいい。
こういうことでは、どっちの方向にいくか、分からない。
共栄していく方向にあるのかどうか・・・。
そこに目が向くかどうかにあるようだ。
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