20代・30代の・・・

一概に、年齢では語れないのだけれど・・・、という前置きをした上で、
若さとか未熟さという意味の一つの表現としての年齢。(後戻りできないもの)
年数を多く経て(少なく経ても)「体験や経験や知識」が増えると、どうしても、そちらに重点が行きがち。(無ければ重点が行きようがないよね。何に重点が行くのでしょう?)

真なるもの・人間の考えの入らないもの・・・と言っても、それを捉えるのは人だからねー。
あまり、いろんな体験してなくて、知識も少ない人の方が、スーッと捉えられる。
いろんなもの多い人は、そういうもので捉える。(その人の中のもので捉えるんだから当然?)
「体験や経験や知識」を多く積んでたら、その積んでるもので捉えるから、
本来・本質・真・・・と言ったって、いろんな体験や知識の端くれにしかならない。
その人の基盤・根底にならない。(・・・とは言い切れないけど、言い切っておこう。)
長年、苦労や努力を積んで自分の力で・・・、なんていう人は、まずムリ!
雑多な知識、雑多な体験、とにかく多くを知らない方がいい。
見たり、聞いたり、考えたりする基盤が、その人の中にできるか、どうか。
そういうものある人なら、どんな活動でもやれる。そういう人を作る。
コミュニティ・カンパニー・スクール・研究所・・・どうしていくか、じゃない。
そこをやる人、やれる人を作るという方向。
理 ・ 本 質 | - | -