人を聞く 見る 知る 生かす社会

【人間性に適った社会】で、
【人を聞き理解する機関】 【人を育てる機関】 【人を生かす機関】 を あげたけど・・・、
例えば、子どものころからの成長を考えると、今の教育制度のように一律に教えるのではなく、その人の個性・特性・素質・持ち味など、その人をよく理解して、その人に応じて学び育ち、そうして、その人ならではの生き方を実現していこうとする社会。

 人を生かす、自己を生かす、お互いを生かし合う、持ち味を生かす、一番必要とされる役割に就く、などなど、長い間、たくさん言ってきたなぁ~。 でも、今になって想えば・・・、
「その人を理解する」を経ないで、「その人が育つ」を知らないで、いきなり、「その人を生かそう」というのは無茶な話だと思う。
おとなになってから出会った者同士が、相手のことを「こういう持ち味がある」とか「これに向いている」とか、「活かされている」「発揮している」などと、その人を見ているようだけど、
見ているのは、今のその人に現れている一時的な現象面だよね。
つまり、その人を知らないで、その人を生かそうとしている。

現状の仕事なんて、殆どが金を得るためのもの。仕事を基準にして、人を活かそうとする。
だから、向いている人・向いていない人とか、要る人・要らない人という発想になる。
金を得る必要がなくなったら、人を活かす必要もなくなってしまうかもね?。
 (何もやることがなくなって、仕方なく、金が要る時にやってた仕事を続けるくらいかな。)
仕事があるから、そのために人を活かすんじゃないよね。
その人がその人らしく生きることで、いろいろな活動が生まれ、社会を営む。
実在している一人ひとり、その人を知ろうとすることを抜きにしては、何も始まらない。

「人のための会社」と言うんなら、その人がその人らしく生きるための会社で・・・、
それには、当然、順序があって、その人をよく理解して、その人が学び育つに応じて、その人を生かしていく・・・。「話し合いを大事にする」というのは、そのためのものだよね。
 (仕事を進めるための話し合いなら、打ち合わせ会議みたいなものかな。)
その人を知ろうともしないで、一緒にやってるというのもオカシナもので、知り得るものではないにしても、知ろうとしないでやってるのは、その人とやってるとは言えないかも。
何と一緒に何をやってるんだろう? その人を見ないで何を見てるんだろう?
運営とか経営とか、組織や会社を成り立たせようとしてるけど、人と人による営み(組織や会社)が成り立つって、どういうこと? ・・・と問うても、「そんなことイチイチ考えておれん」と言いながらも、植え付けられた組織観・会社観で、考え考えやっている。

経営をどうするかという数字や事柄の話題よりも、経営のあり方・経営者のあり方。
経営をどうするかではなく、経営できるようになるためにどうするかを念頭に考えている人(経営者の資格)
その後、「経営とは人を生かすこと」みたいなのに出会って、これはとても衝撃的だった。(経営って何か事を進めることだと思ってたもんなー)
・・・でも、「人を生かす」というフレーズは頭にあっても、人を知ろうとしないで、生かすことを思っていたんだねぇー。若気の至り・・・っちゅうんかな。
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