親和・協力の人  利己的な人

〇親和・協力の人
 自覚のある人
 幅る恥ずかしさを知る人
 われ、ひとと共にの人
〇利己的な人
 自覚ない人
 幅る人
 われ、一人の人

幅る人とは
 自分が思っているという自覚のない人。つまり、
 「当然」がある人。「当たり前」のある人。
 「やるべきこと」や、「やらなければいけないこと」がある人。
 「ここはこうなっている」とか、「これはこういう使い方だ」がある人。
 キメ、決まりが自ずと生ずる人。 
 つまり、自分の考え(と本人は思っていないが)で、人も自分も縛る人。
  ・・・・・

会社などでは、今の社会の接点があるというのもあるだろうし、既成の価値観を見直さないままでやっていることが多いので、
「当然だ」、「やるべきことがある」、「これはいつまでにやらないと」とか、「ここはこういう場所だ」とか、自分の考えでキメていることに気づかないくらい、キメツケが日常化していることもある。
自覚のない人は、自然と幅る。幅っていることには当然気がつかない。
そして、意識としては、「仕事を一生懸命やっている」、「やるべきことをやって役に立っている」という感じになってしまうのだろう。

「仕事が出来る」、「役に立つ」、「成り立たせる」などの価値観から見ると、幅る人、自覚のない人のやる仕事でも、充分価値があるように見えるのだろう。
そして、そのような「仕事のやれる人」が、重要なポストについたり、そういう人の意見が大きくなってきたりする。
つまり、そういう人が栄えてしまう・・・。

自覚のない人が大事なポストにつけば、「当然」、「やならければ」とか、「これは絶対にやるべき」などの価値観が会社の気風となり、仕事を成り立たせるためには人を縛ったりすることも平気になるだろうし、また、幅っている自覚がないから、根本的な話し合うことも出来ないから、「あの人が言うから・・・」と、「しょうがないけどやる」といった空気が流れ、解放区とはまるで正反対の方向に進んでいく。解放区からは、どんどん遠ざかっていく。

解放区、アズワン社会を実現するには、
利己的な人には協力しない・・・。
親和・協力の人が栄えるように協力する。
これは社会運営の基礎的な要素。

本質的な社会が出来ていくには、まだまだ勉強が要る。
職場解放区を考える(続き) | - | -