【 土曜 研究会 】

社会で最も大切なのは「制度・機構」という話題から・・・。
でも、一般的に日常は、制度・機構には、無意識・無関心で、
現存する経済機構や法制の上で、「どうしていくか」で生きている。

コミュニティづくり、地域社会づくり、制度・機構が最も大切。
でも、そこに焦点を当てて検討することもなく、ルールや運営を「どうするか」というのが多い。
つまり、制度・機構のない 根なし草のような組織で、その時々の運営で済ませている。
あるいは、既成社会の制度・機構のまま、新しい社会をやろうとして、矛盾や齟齬を来たして、妥協点を見出すことに労している。

社会やコミュニティのビジョンがあっても、それ用の「制度・機構」を確立できるかどうか、にかかっていると思う。
社会づくり、コミュニティづくりは、即ち、制度・機構の確立とも言えるのかもしれない。
新しい「制度・機構」の上で営まれる暮らしや産業や各種の活動や、そこに生まれる社会気風が、新しい社会の実態と言えるだろう。

まずは、「制度・機構」とは何かをハッキリ知ることから。
そして、アズワンコミュニティの試みを通じて、新しい社会の制度・機構を検討し、検証していこう。
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【 土曜 研究会 】

「自分の感覚を自覚する」
「人間の考えとはどういうものかと人間の考えで調べる」
そこから、「なににでも実在する本質を探究する」
これは、いわゆる「メタ思考」的かもね。という話から。
ソクラテスや形而上学の話になって。

人間の質って、数万年前も全く変わらない。
自然な進化っていうのは、何百万年、何千万年を経て、変わっていくのだろう。
進化だけでなく、退化するものもある。
人間に備わっている機能。知能も使われなければ退化するだろう。
形而下ばかりに人間が偏っていると、形而上という機能は退化するかも。

争いや不安、悪感情や心理的圧迫、競争や自己防衛など、「癒しの要る」、「ストレスのある」、そういう人間の状態で、【 冷静客観・メタ思考 】などといっても無理だろう。

本当に人間らしさが発揮されるには、豊富な物資・安定経済と疑い警戒のない人と人の親しさが必要不可欠のベースだろう。
これは、個人の努力で得られるものでなく、そういう人的環境、社会環境によって。
コミュニティづくりを先決課題とする所以。
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【 土曜 研究会 】

一般的に、「やさしい」とは、行為や発言などを捉えて、「やさしくしてくれた」とか、「やさしかった」ということが多いようだ。
「○○○ にやさしい」のように、何か対象に向けてのことだとしたら、「やさしい社会」の【やさしい】とは違うね。

医療や福祉や教育が、サービス業(客商売)化してるという話題になって・・・。
患者に利用者に学生に対して、お客さま扱いの上手なところが繁盛する。
してもらって「やさしい」と評価する。おもてなし文化かな。

「束縛・強制・責める・・・がない」と聞くと、「やさしい〜!」と受け取るけど、
「つまり、何もしてあげなくていいんだよ」と聞くと、急に「やさしくない〜!」となる。

声かけてくれない。説明してくれない。協力してくれない。聞いてくれない。分ってくれない。対応してくれない。
自分が思ってることをしてれないと、「やさしくない」「つめたい」と言う。

行き届いた「もてなし」をすることで見えにくくなる、崩れようのない間柄。
ふだんのそのまま。あえて、もてなさない。揺るがない社会。
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【 対人感情 についての研究】

間違いや過ちよりも、その当事者が、謝ったかどうかを問題にする。
キチンと謝ったりすると、却って褒めたりもする。
謝らないことで、その人を責めたりもする。
謝っても謝らなくても、してしまったことは何も変わらないのに。。。
何を重視しているか、その当事者に何かさせたがっている。
その当事者が、○○○したら自分の気が済むんだろうな。
そういうことを社会的責任という言葉で正当化してる。
「なぜ?謝るなんて重視するのだろう?」と調べないで、
「当然だ!」で済ませている。

「責める」は「攻める」に似ている(精神的に攻める)
「責める」も「攻める」も、相手に勝つため。相手をやっつけるため。
「謝らせる」も「責める」に似ている。
間違いや過ちをしたら、当人を責めないと、当人に謝らせないと、当人にとってよくないとしている。
でも、実は、謝らせないと自分の気が済まない。責めないと自分の気が済まない。
当人を責めて、当人に謝らせて、気が済むって、どういう心理状態なのだろう?
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【 土曜 研究会 】

※ 「思い」と「感情」
だいたい普段は、思ったこと(考え)を言うけどね。
それより先に、まず「感情」がある。
その感情を正当化するような思い(考え)を言うことが多い。
「冷たくて美味しい」 「ぬるくて不味い」 なんかも、
「冷たくて・・・」 「ぬるくて・・・」 は、後付けの考えだよね。

※ 対人感情
人をほめる場合も、批判する場合も、まず、自分の感情があるでしょ。
その感情が一番肝心、重大問題。
人のこと言う場合。自分の感情の元をもっともらしく、理由づけ、正当化。
聞く方もそれを聞いて、その人の思い(考え)を受け取ろうとする。
自分の感情を観ていない。聞く方も、その人の感情を観ていない。
発言や考えの内容よりも、その人のその時の【対人感情】は・・・?

子どもなら、理屈やしつけより、親の対人感情が移植・投影される。
社会気風というのも、そこの人たちの対人感情が空気を作っている
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