◯ 記録 と 記憶

第一章 人間の考え 3 事実・実際とは

 ◯ 記録 と 記憶
 記録は人間(あるいは機械)が残したものであり、記憶は人間の中のことです。文字通り、過去の出来事を記したものが記録・記憶です。

  A 過去の出来事 →→→ B 記録・記憶
 記録・記憶は、過去の出来事によってできたものですから、記録・記憶によって、過去の出来事を知ろうとします。記録・記憶は過去の出来事を推し測ったり、知ろうとする材料にはなりますが、過去の出来事そのものではありません。記録・記憶に残っているからといって、過去の事実そのものとは言えないでしょう。
 これは、記録や記憶が正確か不正確かということではなく、どんなに正確さを期した記録であっても、記録は記録であって、過去の事実そのものではないということです。
 前項で写真を例に述べたのと同様に、いかに鮮明な写真であっても、色合いや形状などを知る手がかりにはなりますが、それも一部の情報であり、他は想像するしかないでしょう。色合いや形状なども実物を見ているのではなく、写真を見ているのだから、写真に映された色合いや形状を見ているのです。実物を再現しようとしているのでしょうが、実物を見ている訳ではありません。
 では、記憶の場合は、どうでしょう。
 一般に記憶はあいまいなものとされることが多いです。記憶よりも記録や物的証拠の方が過去を特定するには確かだとされています。しかし、鮮明な記憶があると、「記憶=過去の出来事」としてしまうことがあります。例えば、10分前にお茶を飲んだという鮮明な記憶があっても、それは記憶であって、過去の出来事そのものではありません。過去の出来事を「そのように記憶している」ということですね。
 一つの出来事について、記録や記憶は幾通りにもなり得ます。十人いれば十通りの記録や記憶にもなります。
 記録は記録であり、記憶は記憶です。過去の出来事を記録・記憶したものです。出来事そのものではありません。事実そのものでもありません。

 『SCIENZ 5号 サイエンズ入門』より抜粋
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