3 事実・実際とは

第一章 人間の考え 3 事実・実際とは

 ◯ 相手がそう言ったのか、私がそう聞いたのか
 人が言うことを、どんなに正確に聞き取ろうとしても、言った通りをそのまま聞き取ることはできません。
 これは「言う」行為と、「聞く」行為を物理的に見ると明らかです。「言う」は声帯によって音声が発せられ、「聞く」は空気の振動を鼓膜等でキャッチします。「相手がそう言った」と捉えていることの実際は、「自分がそう聞いた」ということです。
 これも、前項と同様に自分の感覚(聴覚)であるとの自覚があるか、どうか。この自覚がないと、「自分が聞いたこと」が、「相手が言ったこと」だとしてしまうでしょう。
 「自分の感覚であるとの自覚」があると、「あなたはそう言ったじゃないか」と相手を指摘する人の姿が、いかに滑稽なものか察せられるでしょう。
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  A 何かを →→→ 見た  B(自分の中のこと)
  A 何かを →→→ 聞いた B(自分の中のこと)

 「見た」「聞いた」というのは自分の中のことです。
 矢印(→→→)の左側 A と 右側 B は、関係はありますが全然別のものですね。「見たこと」「聞いたこと」は、自分の中にあるものですが、「自分の中のことであるとの自覚」がないと、それを事実・実際だとしてしまうのです。
  A 被写体 →→→ 撮影した B(機械上のこと)

 このような写真の例はどうでしょう。撮影したもの(写真)と被写体は、関係はあるが全然別のものですね。被写体は一つでも写真はいくらでも作れます。写真は被写体を知るための材料にはなりますが、被写体にはなり得ません。人を撮影した写真は人ではありません。写真はどこまでいっても写真ですね。
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 個々の捉え方の違いであるとの自覚があれば、違う捉え方を否定することはできないでしょう。それぞれに、「自分が聞いたこと」が事実だと思い込み、キメつけているから、違う意見を否定したくなるのです。
 今の世の中の争いごとの多くは、ここから来ていると思います。自分の感覚で聞いたこと、自分の感覚で見たことであるから、それぞれに違いがあって当然だと思いませんか。

 『SCIENZ 5号 サイエンズ入門』より抜粋
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